吸血鬼、という単語が聞こえた気がして、ナマエははっと後ろを向いた。お菓子の色鮮やかな箱が棚にぎっしりと並び、お菓子と同じくらいに多くいる生徒たちは、それらをじっくりと眺めている。こちらを見ている者はいない。
――気のせい、かな。
ナマエは手渡された商品をそそくさと受け取り、ハニーデュークスを出た。袋に入っているのは、血の味がするペロペロキャンディ。ナマエはこれが大好きだったが、買うのは一苦労だった。いつも混んでいる店内で、誰にも気づかれることなくキャンディを手に取り、レジに持って行くのは至難の業だった。
「ナマエ!」
無事に手に入れたことにほっとしていると、後ろから名前を呼ばれた。振り向くと、同じハッフルパフの友人であるミーナが笑っている。
「よかった、やっと見つけた! 目当てのものは買えたの?」
「ああ、うん」
「じゃあ、寒いからバタービールでも飲まない?」
外では雪が降りしきっていた。クリスマス前のホグズミードは、いつも屋根や地面が真っ白になり、広場に飾られた妖精の光で幻想的に輝いている。
「ところで、何を買ったの?」
マダム・ロスメルタへの注文が済むと、ミーナに尋ねられた。ナマエは「ただのキャンディだよ」と答える。
「本当? 私に内緒で買うなんて、よっぽど美味しいキャンディなのね。今度こそ私も一緒に行くわ」
ナマエは曖昧に頷きながら、ぼんやりと考える。もしミーナが、血の味のするキャンディを、自分が定期的に買っていることを知ったら――そして、自分が吸血鬼とのハーフであることも知ってしまったら、果たして、どんな反応をするだろう。
ナマエの母親は吸血鬼だ。母は魔法使いの父と結婚し、そしてナマエが生まれた。ナマエは魔法の力に恵まれ、同時に吸血鬼の本能まで得てしまった。
ナマエが吸血鬼とのハーフであることを知っているのは、ダンブルドアと、寮監のスプラウト先生だけだった。幸い人に近づいても、血を吸いたいとは思わなかったため、ナマエは普通の生徒として擬態することができた。人間の血ではないキャンディや、血液サプリメントを飲むことで、ナマエの吸血鬼としての本能は満たされた。
この秘密は、卒業まで絶対に守らなければならないと、ナマエは細心の注意を払っていた。ハニーデュークスには絶対に一人で行くようにしていたし、血液サプリを部屋でしか飲まないようにしていた。毎日飲まなければ、飢餓を感じて眠れなくなるのだった。
しかし、そんな日常がある日、変化してしまった。
魔法薬学の授業で、ナマエはスリザリンのセブルス・スネイプと、たまたま隣になった。それ自体は特に問題はなかった。ナマエは半純血と周りに言っていたため、彼に差別されることもなかったし、スネイプに嫌な思いもなかった。問題は催眠豆をナイフで刻んでいるときだった。
「い……」
「?」
スネイプの漏らした声に隣を見ると、彼は指先を切ってしまったらしく、血がぷっくりと出てきていた。今までかいだことのない、甘く芳しい匂いが、そこから香っていた。ナマエは本能のままその手を掴み、舌で血を舐めた。瞬間、あまりの美味しさにくらくらした。人間の血は、こんなに美味しいものなのだろうか――。
「っ、何をする」
スネイプが手を引いた。彼の軽蔑したような目に、ナマエは自分がしたことの大きさを知った。
「ご、ごめん……」
「…………」
スネイプはこちらを一睨みすると、魔法で指先を治し、再び催眠豆を刻み始めた。ナマエも作業に戻ったが、気が気ではなかった。スネイプは不審に思っただろう。もしかしたら、自分の正体に気づくかもしれない。ずっと隠して、もう六年になるというのに。ここにきて、どうしてこんなへまをしでかしてしまったのだろう。
スネイプは、ナマエと一度も話さず授業は終わった。去り際も、こちらを一瞥することはなかった。
ナマエはその日から、彼を目で追うようになった。スネイプが正体に気づいていないか、そしてそれを周りに言いふらしていないか、とても不安だった。しかし、心配は杞憂に終わりそうだった。スネイプが言いふらしていれば、スネイプとつるんでいるマルシベールたちは、自分をマグル生まれと同じように差別するだろうが、彼らは何の蔑みも向けてこなかった。
スネイプを観察していると、様々なことに気づいた。まず、彼はあまり「穢れた血」とマグル生まれを嘲なくなったこと。以前はしょっちゅうその場面を見ていたが、今はマルシベールなどの仲間たちといても自分はそう言わず、冷ややかに笑うだけだった。二つ目は、上級魔法薬の教科書をいつも持ち歩いていること。授業中や昼食の席で、彼がその教科書に、何か書き込んでいる場面をよく目にした。スネイプのことだから、闇の魔術かなにかを書き込んでいるのだろう。そして三つ目は、グリフィンドールの監督生、リリー・エヴァンスをよく見ていること。彼の視線の先に、彼女がいることが多い。その視線はどこか熱っぽく、そしてどこか切ない。エヴァンスはそれを知ってか知らずか、彼とまったく目を合わさない。エヴァンスも目を合わせてあげれば良いのに、とスネイプに同情している自分がいた。
「……どうしたの?」
昼食を食べようと大広間に着くと、自然とスリザリンのテーブルに視線が吸い寄せられた。ミーナに尋ねられ、慌てて隣を向くも、彼女は誰を見ているのかわかったようで、意味深な笑みを浮かべていた。
「またスネイプ見てるの?」
「見てないよ」
「ほんとに?」
頷くも、ミーナは笑みを消さなかった。
「……ナマエの好みはちょっとあれだけど、好きになったんなら、相談に乗るわよ」
「いや、好きでも何でもないって」
「ふーん」とミーナは腕を組んだ。誤解されるのは嫌だったが、自分の正体を知られるよりも、何百倍もマシだった。
スネイプは勘付いていないのだと、ナマエは安心してクリスマス休暇に入ろうとしていた頃だった。ミーナと夕食を食べに大広間へ向かっていると、再びあの甘く、魅惑的で頭のくらくらする香りが、どこからか香った。
――スネイプの血の匂い?
ナマエは考える前に、そちらに衝動的に足が動いていた。
「ナマエ?」
「ごめん、先言ってて」
ミーナにそう断り、匂いの方へ急ぐ。ただ、匂いの元がスネイプの血であることを確認するだけだ。彼のものだとわかったら、スネイプに気づかれずに立ち去ればいい。そう正当化して、中庭に出ると、スネイプが柱の陰にうずくまっていた。他の生徒たちはおらず、自分たちだけが暗くなりつつある中庭の廊下にいた。そして運の悪いことに、目が合ってしまった。
「……また僕の血を舐めに来たのか?」
ナマエは愕然とスネイプを見た。まさか、ばれているなんて――。
「……図星って顔だな」
スネイプは冷ややかな笑みを浮かべた。よく見ると、その頬に線のような傷があり、血はそこから出ているようだった。
「カマを掛けてみたが、本当なのか。君は吸血鬼のハーフなのか? 吸血鬼は杖を持つことを許されてない……」
さあっと血の気が引いた。ナマエはその場から動けずに、答えた。
「……誰にも言わないで」
「さあ、どうだろうな。もし僕がうっかり口を滑らせたりしたら――」
「……そうしたら、私はエヴァンスのことを言うわ」
嘲りを浮かべていた彼の顔が、一瞬驚いたものに変わった。それからこちらを睨み付けた。
「……僕をじろじろと見ていたのは、僕の弱みを見つけるためだったのか?」
「違うわ。あなたが私の正体に気づいてないか気になったから……手当てしてあげる」
きっとポッターに手ひどくやられたのだろう。スネイプはぐったりとして、起き上がることもままならないようだった。そう言って近づけば、「来るな!」とスネイプは叫んだ。
「そう言って、僕の血を舐めるんだろう? 君の魂胆はわかってる。僕の血のにおいにつられて、ここに来たんだろう?」
「……否定はしない。けど、私にはまだ理性がある」
あまりに濃い血の匂いに、頭が霞みそうになるのを必死で堪えながら、ナマエはスネイプの傍にかがんで、呪文で傷を治した。驚いた表情の彼に、微笑んでみせる。
「私はあなたの言うとおり、吸血鬼のハーフよ。でも、人間の血を舐めたのは、あなたが初めて。吸血鬼に吸われたり、舌で血を舐められた者は、快楽を感じるって、前にお母さんが言ってたけど、どうだった?」
スネイプは顔が真っ赤になった。恥ずかしさからなのか、侮辱されたと思われたからなのか、何も答えずそっぽを向いた。その様子がなんだかかわいらしく見えて、ナマエはスネイプの頬をぺろりと舐めた。
「おい……!」
「ごめん、ちょっとからかっちゃった」
おかしくなって、くすくすと笑う。「笑い事じゃないだろう」と、怒ったようにスネイプは言った。「ごめんね」とまた謝りながら、彼の隣に座り込む。
暗闇が自分たちを包み込んでいくように、迫っている。ひんやりとした風が吹いて、ナマエは持っていたマフラーを巻いた。
「……人間の血を舐めたのは初めてと言ったな?」
「うん」
「今まで僕のように怪我した生徒もいるだろうが、そのたびに我慢してたのか?」
「……ううん。ここまで本能にあらがえなかったのは、あなたの血だけ」
もちろん、自分の身の周りの人が怪我することはたびたびあった。けれど、スネイプの血の匂いほど、理性が飛んでしまうような、強烈な甘い匂いではなかった。
「明日、お母さんに聞いてみる……休暇は帰るの?」
「……いや」
「そっか」
深く聞くのも無粋な気がして、ナマエは立ち上がった。
「立てる?」
「……僕はもう少しここにいる」
「そう」
「じゃあね」とその場を後にする。
自分の正体を誰かに知られたら、大変なことになる。そう思っていたけれど、相手の弱みも知っていたからか、そうはならなかった。正体を知られても、対等に話せたのは不思議だ。エヴァンスのこともあろうが、スネイプは案外、そういう差別をあまりしないのかもしれない。
赤くなったスネイプを思い出して、くすりと笑う。スネイプにも、かわいいところがあったのは驚きだ。彼のそうした一面をもっと見たいと思う自分に気づいて、ナマエは苦笑した。自分は吸血鬼のハーフで、スネイプは人間。釣り合うはずもない。
「ねえ、お母さん」
クリスマスの日の夕食は豪華だ。緑の多いサラダに、血の滴るローストビーフ。焼きたてのパン、そしてグラスに入っているのは、ワインのようでワインではないもの。それをゆったりと飲みながら、母は首をかしげた。
「なに?」
「……こないだ、私の周りで人が怪我したの。その血の匂いがあまりに良い匂いだったから、本能のまま舐めた……それがあまりにも美味しくて――人間の血って、あんなに美味しいものなの?」
母はにっこりと含みのある笑みを浮かべた。
「ようやくあなたも人間の血を味わったのね。でも、その血はきっと稀血よ」
「稀血?」
「稀な血液型ってこと。ダフィーエーマイナスとか、ジェーアールエーマイナスとか。稀血は吸血鬼にとって、とっても美味しい血なのよ。だからナマエが吸血鬼の本能で舐めたのは、しょうがないことなの」
「そうなんだ……」
「なあに。その子の血を舐めて、その子が気になってきた?」
「べ、別に……」
「図星って顔ねえ」
自分はそんなにわかりやすいだろうか。母は眦を緩める。
「気になるんだったら、付き合ってみれば良いのよ」
「でも、私は吸血鬼のハーフだし、相手は人間だし……」
「種族の違いなんて、愛の前には仕様のないことよ。私だって人間の父さんと結婚したもの、父さんはいつだって私を愛してくれたわ。もちろん、血も飲ませてくれた」
母はマントルピースに飾られた父の写真を見た。白髪交じりの父の隣に、母が今と変わらぬ若さで笑っている。父はナマエが三歳の頃に病気で亡くなった。周囲は母が血を吸い尽くして殺したのではないかと疑ったようだったが、死因は完全に病気のようだった。
「アタックしてみればいいのよ。駄目だったら駄目だったで諦めが付くでしょ」
「でも、その子は違う人が好きで……」
「それが何よ。あなたは吸血鬼の娘なんだから、それを武器にすればいい。舐めたとき、気持ちよさを感じたみたいだった?」
頷くと、母は勝ち誇ったように笑った。
「なら、その快楽を与えてあげればいい。人間同士では、あの気持ちよさを感じさせることはできないみたいよ。それだけ大きな快楽だってこと。そうしてその子をナマエに依存させるの」
スネイプはどちらかというと理性的な人間だ。そんな手に引っかかるだろうか。
ナマエは「考えとく」と言って、グラスに入った血を一口飲んだ。その手は何とも言えないが、一度くらいはアタックしてみても良いかもしれないという気にはなっていた。
休暇明けの放課後、ナマエは一人、図書館を訪れた。早速大量の宿題が出ていたし、スネイプもいるかもしれないという下心があった。生徒たちの座るテーブルを眺めると、やはりスネイプの姿を見つけた。どきりと心臓が高鳴る。ナマエはゆっくりと近づき、その隣に座った。
「……ミョウジか」
スネイプは本から顔を上げて、ちらりとこちらを見た。ナマエは「久しぶり」と笑って、早速母から聞いたことを伝えた。
「……僕の血が稀血?」
「うん。血液型わかる?」
「いや、わからない。検査したことがない」
スネイプはそう言った。薄々わかっていたが、彼は家族から、あまり世話をされてこなかったようだった。ナマエは「そっか」と相づちを打った。
「……ねえ、セブルス」
意図的に名前を呼んでみる。セブルスは一瞬目を見開いたけれど、それ以外は特に反応しなかった。
「なんだ」
「時々、こうして話してもいい……?」
「別にいいが……僕の血が目当てなのか?」
不審そうに彼は言う。ナマエは首を振った。
「ううん、ただ、セブルスと仲良くしたくて……」
最後の方は声がより小さくなってしまった。セブルスはまた一瞬驚いたような顔をして、それから気まずそうに本に目を落とし、「そうか」とだけ言った。
その日から、ナマエはセブルスと話すようになった。場所は図書館だったり、廊下だったり、様々だ。話してみてわかったことだが、彼はとても賢く、すべての科目において深い知識を示した。そして驚いたことに、呪文も開発しているようだった。
「レビコーパスって、あなたの開発した呪文だったの?」
「そうだ」
「すごい……すごいわ、セブルス。たぶんこの学年で、開発してる生徒なんていないと思う」
感嘆すると、セブルスはほんの少し赤くなった。褒められ慣れていないのか、その様子がかわいくて、ナマエは自然と笑みが浮かんだ。
「何を笑っている」
「……赤くなるセブルスがかわいいなと思って」
「僕はかわいくなどない」
セブルスは心外そうに言った。その様子がおかしくて、ナマエはくすくすと笑った。
「どうしたの、ナマエ。あんなに奥手だったのに、最近すっかりスネイプと仲良くなったみたいじゃない」
セブルスとの場面はミーナに見られていたらしく、大広間へ移動中、彼女は面白がるように言った。もう隠すことではないので、ナマエはこう答えた。
「……もうホグワーツにいる期間も長くはないから、後悔しないようにしようと思って」
「良い心がけだわ! このままスネイプとうまくいくといいわね」
彼女の微笑みに、ナマエは頷きを返した。その時だった。狂おしいほどの甘い、本能を揺さぶる匂いが香ったのは。
「先に行ってて」
ミーナにそう言うと、ナマエは香りの方へ急いだ。セブルスの血を欲する自分がいる一方で、彼を心配する自分がいた。セブルスはポッターたちと仲が悪く、容赦なく危害を加えられている。今度はどんな怪我をしたのだろうか。
「セブルス!」
階段を降りて廊下へ出ると、彼は壁にもたれて立っていた。腕を怪我したようで、ローブが裂けている。
「……やはり来たか」
「やはりって?」
「いや、何でもない」
「またポッターにやられたの?」
「そうだ……腕を怪我した」
セブルスはローブをまくった。シャツの下に、裂けたような傷があり、赤い血がうっすらと滲んでいる。すぐにその血を舐めたい衝動に駆られたが、それをすればセブルスの心は自分から離れていくとわかっていた。ナマエは、杖を取り出した。
「……今、治すわ」
「いや」
セブルスは短く言った。
「君が舐めて良い」
「えっ?」
彼の言葉が信じられず、聞き返す。セブルスは感情のわからない表情で、もう一度言った。
「治す前に、舐めてもいい……舐めたくないのか?」
「そりゃあ、舐めたいけど……でも、いいの?」
「ああ」
「……じゃあ、こっちに」
近くにあった空き教室へセブルスを連れて行く。ここなら誰かが入ってくる心配もない。教室の中は何もなく、がらんとしていた。
セブルスは床に腰を下ろし、ローブを脱ぐと、シャツをまくり上げた。まるで舐めてくれといわんばかりの行動に、ナマエは不審に思う。これは罠ではないか、セブルスは自分が嫌になって、皆に証拠として見せるために舐めさせるのではないか。
「ほら」と腕を差し出すセブルスに、ナマエはどうしたらいいのかわからず、吸血鬼の本能とせめぎ合いながらも、どうにか言った。
「本当に、いいの? これは、私が吸血鬼だって言いふらすための罠じゃなくて?」
「そんなことをするんだったら最初からしている」
「じゃあ、どうして? どうして私に舐めさせたいと思ったの?」
「……君が物欲しそうな顔をしてるからだ」
そんなに顔に出ているのだろうか。思わず鼻と口元を手で隠すと、セブルスはふっと眦を緩めた。彼が笑ったところを見るのは初めてで、思わずまじまじと見てしまう。
「……セブルスが笑った顔、初めて見た」
「僕だって人間だ、笑うときは笑う……それで、舐めるのか、舐めないのか、はっきりしてくれ」
「じゃあ……舐める……」
ナマエも床に座り込み、セブルスの腕をそっと取ると、傷口を舐めた。その美味しさに、血を舐めること以外に何も考えられなくなる。クリスマスに飲んだ血とは段違いだ。もっとほしい、もっと、もっと味わいたい――。
傷口に歯を立てようとしている自分に気づき、ナマエははっとする。いけない、本能に任せたら大変なことになる。せっかくセブルスと仲良くなれたのに――。ちらりと彼を見ると、彼は目を閉じ、眉間に皺を寄せて、少し息を切らしていた。「大きな快楽」を、必死で堪えているようだった。身を任せてしまえば楽になるというのに、理性的なセブルスは、なんとかやり過ごそうとしているようだった。その懸命な姿に、どきどきと心臓が脈打つ。ああ、なんてかわいくて、いじらしいのだろう!
ゆっくりと血を舐めあげれば、「う、あ」とセブルスは息を吐いた。
「……気持ちいい? セブルス」
セブルスは薄く目を開けてこちらを見た。息を整えるのに必死で、返事はできないようだった。
「この気持ちよさは、人間同士じゃ感じられないんだって……ねえ、セブルス」
また舌で血を掬う。セブルスが身を捩る。けれど、振り払おうとはしない。
「エヴァンスじゃなくて、私を好きにならない? そしたら、もっと気持ちよくしてあげるよ?」
「僕は……」
話そうとする彼に、ナマエは顔を上げた。セブルスは自分を落ち着かせるように、長く息を吐いて、そして言った。
「僕は、わざと君を待ってたんだ。傷を治さずに、そこの廊下で」
「えっ?」
「君が来たら、あまりにも君が切なそうな顔をしてるから、今度は舐められてもいいと思った……でも、どうして君の表情を見て、そう思ったのかはわからないんだ」
セブルスはますます眉間に皺を寄せた。
「……僕は、君と話していて楽しいと思ってしまう。僕にはリリーがいるのに、リリーだけを愛するだろうと思っていたのに、君と出会ってから、調子が狂う。僕は、どうしたらいいんだ――」
ナマエは彼の唇に口付けた。リップ音とともに離れると、セブルスは愕然とした様子でこちらを見ていた。
「な、何を……」
「……私、セブルスが好きよ」
ナマエは間近にある黒い瞳をじっと見つめた。
「そしてあなたも、私のことがたぶん、好きなんだと思う」
セブルスは無言だった。ナマエは言葉を続けた。
「私たちは両思いなの。エヴァンスのこととか、ごちゃごちゃ考えなくていい。私もセブルスを好きになって、種族の違いとか考えてたけど、もうそんなのはどうでもいいって思えた。だって、私はセブルスが好きで好きで、しょうがないんだもの」
「…………」
「……私と付き合って、くれる?」
言って、セブルスの頬を優しく撫でる。彼は頷いた。あれだけの快楽を受けながらも、その黒い瞳は冷静に自分を映していた。